本稿は2023年3月20日発行の英語レポート「Net zero made in Asia」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

アジア地域は世界全体のネットゼロ目標において中核的役割を果たすとみられる


世界的な脱炭素化推進の原動力となれる者は大きなリターンを手にするとみられる。そこで問題となるのは、世界が掲げるネットゼロ目標を達成していくためのツールを構築しているのは誰かという点だが、その答えは現時点そして今後長年にわたってもアジアであると考える。

2015年のパリ協定によって示されたメッセージは明確だった。地球の気温上昇を1.5℃に抑えるためには、炭素排出量を2030年までに45%削減し、2050年までにネットゼロ(正味ゼロ)を達成しなければならない。ネットゼロとは、温室効果ガス(GHG)の排出量を可能な限りゼロ近くへと削減し、残る排出分は地球の大気、森林、海洋によって再び吸収される状況を意味している。

2015年以降、ネットゼロ目標は世界にとっての最優先課題となってきているが、たいして状況は変わっていない様子であるのが現実だ。中国、米国、インド、ロシア、日本が世界の炭素排出量上位5ヵ国である状況に変わりはない(チャート1参照)。しかし、明確な進歩もみられている。2022年11月現在においてネットゼロ目標を発表した国や検討している国は140ヵ国余りにのぼり、世界排出量の90%近くをカバーしている。1

チャート1


また、排出概況データの内訳に目を向けると、ストーリーはより違ってみえてくることにも留意すべきだろう。例えば、アジア太平洋地域を中心とした発展途上国は、世界の三大排出国のうちの2つである中国とインドの存在により、排出量削減を迫る大きな圧力に晒されている2。しかし、そうした地域が急速な発展を遂げる上で頼りとしてきているエネルギー源は、欧米の先進諸国を2世紀以上にわたって支えてきたエネルギー源と同じであることは覚えておく必要がある。

現在の排出概況データだけでなく過去の排出実績にも目を向け、途上国は排出量削減の責任について公平性を求めてきた。この点を捉えた概念がいわゆる「共通だが差異ある責任」(CBDR)で、1992年にリオデジャネイロで開催された第1回地球サミット(国連環境開発会議)で初めて言及された。この概念は、環境劣化への寄与度は国によって様々であることから、各国は共通だが差異のある責任を負うことを認めるものだ3。過去数年間は途上国への環境ファイナンスが停滞してきたが、直近のCOP27(国連気候変動枠組み条約第27回締結国会議)では重要な前進がみられ、気候変動の影響に直面する途上国に環境ファイナンスを提供するための「損失と損害」基金の新設が合意された4

もちろん、アジアはすでに厳しい熱波や猛烈なハリケーン、深刻な干ばつなどの異常気象の増加に見舞われていることから、気候変動対策との利害関係を持っている。このことに加え、再生可能エネルギーの均等化発電原価(LCOE)は化石燃料と同等またはそれより安い場合もあることから、アジア諸国がネットゼロ目標を打ち出しており、そのための政策の整備を進めていることも不思議ではない(チャート2参照)。

ここ10年間における技術の進歩、そして中国を中心とした大規模な製造体制によるスケールメリットのおかげで、再生可能エネルギーによる発電コストは今や補助金がない場合でも系統電力と競争できる水準となっている。経済合理性の高さから、途上国は再生可能電力を大々的に受け入れ始めている。特にアジア諸国はネットゼロ目標に焦点を合わせており、これらの目標達成に必要な政策の立法化を進めている。

チャート2


有言実行

欧州諸国は30年以上にわたって再生可能エネルギーの道を歩んできており、2030年目標に向けて着実ながらゆっくりと前進している。アジア諸国は再生可能エネルギーへの転換の着手に後れを取ったかもしれないが、再生可能エネルギーの発電量という点では欧州諸国に追い付いており、さらに追い越しつつある。例えば、インドは石炭の生産量と消費量がともに世界第2位だが、エネルギー供給量全体に占める太陽光発電の割合がわずか6年間で0%から18%へと増加している。さらに、インドは2030年までに国内電力系統に500ギガワット(GW)の100%再生可能電力を追加する計画を打ち出している5。比較として英国の例を挙げると、再生可能電力の総設備容量は現在40~50GW程度であり、それを2030年までに倍増させる計画を打ち出している6

より最近では、インドはクリーンなエネルギー源の使用を義務付ける2022年省エネルギー法案を可決した。また、国内カーボンクレジット市場を導入し、大口電力消費者がエネルギー要件を再生可能エネルギー源によって満たすように義務付けた。国際エネルギー機関(IEA)は「インドの再生可能エネルギーセクターは非常に目覚ましい成長を遂げてきており、インドは今後数十年にわたって太陽光発電や電池貯蔵などの分野で世界をリードしていくとみられる」との見解を示した7

一方、中国は引き続き再生可能エネルギー目標に本腰を入れており、2022年には、2025年までに再生可能エネルギーの割合を国内電力消費量の33%まで引き上げる方針や、水力以外の再生可能エネルギーの割合を18%まで引き上げる方針を打ち出した8。また、再生可能エネルギー(特に太陽光発電)のコスト競争力を高める上で極めて重要な役割を果たしている。中国のもたらすスケールがなければ、太陽光と化石燃料の発電原価の均衡化に到達できていたかは疑わしい。

さらに、アジアは気候関連問題に関する研究・開発という点でも引き続き前進をみせている。マッキンゼー社の調査によると、日本や韓国、中国、インドは気候変動低減に関連する特許申請件数で世界の上位4分の1に入っており、研究・開発費の対GDP比率においても韓国、日本、中国、シンガポールはみな上位4分の1に入っている9

こうした展開は、欧州連合における最近の動向と実に対照的である。EU諸国はネットゼロへの取り組みの維持に苦戦している。例えば、ドイツは2038年までに石炭火力発電を段階的に廃止していくと公約していたが、ロシア・ウクライナ紛争とそれに続く欧州エネルギー危機を受けてUターンを余儀なくされ、廃炉予定とされていた石炭火力発電所を再稼働した。

アジア域内における投資機会

ネットゼロ達成に向けた道は複数存在する。株式投資家の視点から、我々はアジアが重要な役割を担うと考える3つの道を特定している。

1. 各国内の電力系統のクリーン化と再設計

発電と産業活動は主な炭素排出源の2つである。したがって、ネットゼロの達成は、石炭、ガス、石油による火力発電に代わる実用的な代替エネルギー源である「クリーン」な電力(太陽光、風力、水力など)にかかっている。それらによって世界のスコープ1およびスコープ2の排出量は著しく減少するだろう10

クリーンな電力系統への移行を(特に発展途上国において)経済成長に悪影響を及ぼすことなく成功させるには、クリーンな電力が「ダーティー」なエネルギーと比較して競争力のある価格水準となる必要がある。現在、この点の正しさがアジアの複数の国において証明され始めている。例えば、インドでは電力系統に供給される太陽光電力の料金は、石炭火力発電による電気料金を大幅に下回っている。中国とインドの両国は世界最大級(かつ系統電力と比較して価格競争力のある)の風力発電設備の導入を進めており、また、近年はベトナムや韓国、台湾も再生可能エネルギーの発電容量の拡大に特に積極的に取り組んでいる。これは5年前には考えられなかったことだ。

公益事業および電力系統の設備投資に関連する分野はともにファンダメンタルズのポジティブな変化が著しく、大きな投資機会が存在するとみている。

2. グリーンエネルギー設備のグローバルリーダー

ソーラーパネルのサプライチェーンを例に挙げると、中国はソーラーパネルの全製造段階(ポリシリコン、モジュール、セル)において市場シェアが85%を超えており、これは世界全体の需要に占める中国のシェアの2倍以上に相当する水準である。中国のソーラーパネル市場の拡大が追い風となって世界的に太陽光発電の普及が大幅に拡大しており、そのおかげで太陽電池のコストは過去10年間で80%以上低下している。さらに、太陽光エネルギーのバリューチェーン全体が主に中国国内に存在している一方、「チャイナプラスワン」戦略の一環として、インドネシアやマレーシアでバリューチェーンを展開する動きもますます増えてきている11

現時点において風力発電と水力発電のグローバルサプライチェーンにおける競争力はそれほど高くないものの、アジアはこれらの市場においても大きな進歩をみせている。中国とインドは2021年の風力発電量が世界トップ5に入っており12、韓国は2019年に策定したロードマップにおいて、2050年までに電力源の3分の1をクリーン水素にし、石油に代わる最大のエネルギー源としていく計画を発表した13。より最近では、韓国は2030年までに3万台の商用水素自動車を製造するとともに70ヵ所の液体水素補給ステーションを建設する目標を発表している14。この分野は要注目である。

3. 交通の電動化

交通(道路、航空、鉄道、海洋、その他の形態を含む)は世界の年間CO2排出量の約21%を占めている15。クリーンな交通インフラ・車両への移行、つまり内燃機関自動車を電気自動車(EV)や水素燃料電池を動力源とする自動車へ入れ替えていくことは、ネットゼロ達成に向けて大きな貢献を果たすと期待されている。

アジアは電池セルや関連部品の製造において世界をリードしている。電池貯蔵や系統電力レベルの電気貯蔵は、リチウムやコバルト、ニッケルなどの金属を頼りとしている。ここでもまた、それらいずれのサプライチェーンもアジアや新興国に大きく依存した状態にある(チャート3参照)。EVの販売を受けて需要が急激に伸びており、スケールメリットがさらに確立されていくなか、アジアの大手メーカーがサプライチェーンから取り除かれる可能性はますます低くなっているように見受けられる。リチウムイオン電池の市場規模は2020年時点で570億米ドルだったが、2027年には2000億米ドルまで拡大すると予想されている。現在その主要部品を供給しているのは中国、韓国、日本だ。

チャート3

まとめ

アジアは炭素排出状況の「クリーン化」を最も声高に要求されている地域の1つだが、世界全体がネットゼロ目標を達成できるように貢献する重要な部品を製造し、活用し、輸出しているのもアジアである。このことによって、アジアは石炭火力発電が大部分を占める系統電力の脱炭素化だけでなく、同時にエネルギー安全保障への対処や世界各国への脱炭素化の手段の提供も迫られているという他にはみられない状況に置かれている。言い換えれば、欧米諸国だけでは脱炭素化を進めることはできないということであり、排出概況データにとどまらない議論が求められている。ネットゼロの議論においては必ず、アジアが問題の一部なのではなく、問題解決を推進する役割を果たしていることを考慮しなければならない。

投資家として、ファンダメンタルズの変化の余地が特に大きい分野に注目することは理に適っている。アジア諸国はダーティーなエネルギーからクリーンエネルギーへと移行していく義務があるが、それを実行していく意思と資源(人的資源、技術的資源および天然資源)も持ち合わせている。したがって、アジアの企業はそうした変化に関与し、それを牽引していくとともに、株主のためにより高いリターンを持続的に達成していくことができると考えられる。

ネットゼロは世界全体にとっての課題であり、一丸となっての対応が求められている。すべての国や地域が脱炭素化を進めていく必要がある。一方で、世界的な脱炭素化推進の原動力となれる者は大きなリターンを得られると我々はみている。そこで問題となるのは、世界が掲げるネットゼロ目標を達成していくためのツールを構築しているのは誰かという点だが、その答えは現時点そして今後長年にわたってもアジアであると考える。



1https://climateactiontracker.org/global/cat-net-zero-target-evaluations/

2https://climatetrade.com/which-countries-are-the-worlds-biggest-carbon-polluters/

3https://www.weforum.org/agenda/2022/11/cop27-climate-jargon-explained/

4https://unfccc.int/news/cop27-reaches-breakthrough-agreement-on-new-loss-and-damage-fund-for-vulnerable-countries

5https://indbiz.gov.in/india-aiming-500-gw-renewable-capacity-by-2030/

6https://www.nsenergybusiness.com/news/uk-renewable-energy-capacity-2030/

7https://iea.blob.core.windows.net/assets/1de6d91e-e23f-4e02-b1fb-51fdd6283b22/India_Energy_Outlook_2021.pdf

8Renewable Electricity – Analysis - IEA

9McKinsey: “The net-zero transition: What it would cost, what it could bring” (2022).

10米国環境保護庁は、スコープ1排出について組織が管理または保有する排出源からの直接的なGHG排出(ボイラー、溶鉱炉、車両での燃料燃焼に伴う排出など)と定義しています。スコープ2排出については、購入した電気、蒸気、熱または冷却の使用に伴う間接的なGHG排出と定義しています。

11「チャイナプラスワン」とはグローバルサプライチェーンに関する企業戦略で、中国のみへの投資を避けてサプライチェーンの一部を他の国へと分散させる取り組みのことです。

12https://worldpopulationreview.com/country-rankings/wind-power-by-country

13https://www.weforum.org/agenda/2022/02/clean-hydrogen-energy-low-carbon-superpowers/

14https://www.h2-view.com/story/south-korea-announces-new-hydrogen-policies-and-goals/

15https://ourworldindata.org/co2-emissions-from-transport


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